LOVE SO GROOVY〜S・L MIX〜 / 前編 |
昼下がりの策士執務室は、季節外れの強い太陽光線を受け入れ、少々暑苦しかった。 きっちりとスーツを着込んだ恰好の二人が、僅かに汗ばむほど。 「へ?休暇、ですか?」 切れ長の瞳をぱちくり、とさせながら反芻する幻夜に、孔明は鷹揚に頷いた。 但し、目線はちっとも彼の方を見てはいない。 手元の書類の方が、幻夜より大事なのだ。 「そうです、此処のところ任務が続きましたからね…好きな所へ行って来ると良いでしょう。…ああ、そのまま帰ってこなくても構いませんがね」 かなり酷い事をさらり、と何気なく口にしたが、余りにも何気なかった為に幻夜には通じなかった。 本気だったのに。 何の事は無い。 バシュタールから拾ってきてはや八年近く。 どうにも幻夜は孔明に『懐き過ぎて』いる。 今では上司と部下、という枠組を越えて、孔明の部屋に押し掛けて、世話を焼きつつ同居している程だ。 孔明にして見ればかなり鬱陶しい関係となりつつある。 否、なっている。 事あるごとに何とか断ち切ろう、と頑張ってみるのだが、幻夜は人並み外れてしつこい上に、鈍感ときている。 よって毎度毎度孔明は見事な空回りを演じる羽目になるのだった。 反応が返って来ない事にチッと舌打ちして、退室を促そうと顔を上げると 「じゃ、孔明様。何処に行きます?」 「…はぁ?」 にこにこしている幻夜と真正面から目線が合って、思わず眉を顰める。 「だから、休暇なんでしょう?」 「それで?」 「だから、何処に行きます?って」 幻夜が何か勘違いしているらしい、と気付いたのはその時だった。 「…幻夜、まさかとは思いますが私が一緒に行くとでも…?」 「え?違うんですか?」 「この書類の山を見て、まだそんな事が云えるんですか…」 怒気が篭った声に、すすす…と幻夜の肩が竦められていった。 孔明の机の上は確かに、書類が山積みにしてあった。 十傑集や幻夜、その他エージェント達が出した報告書、経費の精算書、新計画の申請書、序でに始末書の類である。 皆がその時その時に出さずに放っておいたものだから、こうして孔明が謀殺される羽目に陥る。 何故か提出される時は皆で示し合わせたように同じ時に重なってしまう。 二ヶ月前の領収書などを見ると、腹立たしくなって破り捨てたくなる衝動を抑えるのに、かなりの苦労を要した。 「十傑集の半数にも、同時に休暇を出してあります。誰かと旅行をしたいのなら、レッド殿辺りでも誘うと良いでしょう」 幻夜は孔明付きという名目の人員の為、策士派閥のレッド達とは結構つるんでいたりするので。 素っ気無い云い方に、しかし反抗するようにむう、と幻夜の頬が膨らんだ。 「貴方以外の人と旅行したって、つまらない」 「…何を云って…」 一笑に付そうと片眉を上げて揶揄するように見上げると、真剣極まりない目線がこちらを捉えているのに気付いて、何故か居た堪れなくなってしまう。 捨てられた子犬のような瞳、それに孔明は弱いのだ。 バシュタールから幻夜を『拾って』きたのも、その目を見てしまったから、というのが大きい。 「…行きましょうよ、一緒に。書類整理なら後で私も手伝いますから」 「行きませんよ。第一私と貴方が一緒に旅行する必要性は、何処にもありません」 これ以上視線を合わせていると、折れてしまいそうだ。 慌てて孔明は書類に目を戻す、が、それよりも先に、トン、と骨ばった大きな手が机上の書類に突かれて、邪魔をする。 「幻夜っ…」 「ね、行きましょう?貴方だって日がな一日書類整理じゃ疲れるでしょう?」 「貴方と旅行するよりは疲れないと思いますがね」 「有給消化しなきゃ。少し休まないと身体に悪いですよ?」 云う間にひょいっ、と孔明の手から策士印が取り上げられた。 それが無ければ仕事にならない。 図体の大きな子供を睨みつけるが、彼は答えた風も無くただ、得意げに笑って見せた。 「ね?」 「………」 はぁ、と超巨大な溜息をついて、渋々立ち上がる。 「…何処に…?」 「え?」 ぼそり、と零された問いに、問いで答えて再び睨み付けられた。 「だから!何処に行くのか、と聞いてるんです!!」 半ば怒鳴りつけながら再び問うと、ゆっくりと幻夜の表情が瓦解していく。 「……海!海に行きましょう!!孔明様!!」 帰ってきたら死ぬ気でこき使ってやる、と固く心に誓いながら、嬉しげにしがみ付いて来る体温の高い身体を押し返した。 しかし抱き付いて来る方はお構い無しに、ぎゅうぎゅうと引っ付いてくるし。 早まったかな、と僅かに後悔の念が去来したが。 ――仕方がない。 泣く子の我が侭に勝てる者は、この世に無いのだ。 ◇◆◇ シンガポール・チャンギ国際空港 「…暑いっ…」 「そんなにかっちりスーツなんて着込んでるからですよ」 飛行機から出た途端にぐったり、と項垂れる孔明を見て、幻夜はさも可笑しそうに含み笑いを洩らす。 旅行先を決めたのは、幻夜だった。 チケットの手配をして、宿の準備をして、計画まできっちりと決めて。 孔明の手を煩わせて『旅行なんて止めだ!』なんて事にならないよう、細心の注意を払って。 「…私が…暑いところが苦手だと知っているでしょうっ…!」 「えーと」 えへへ、と笑って誤魔化して、幻夜はふふーん♪と鼻歌なんか歌ってみたり。 知ってはいる。 知ってはいるけれども、でもどうしても此処が良かったのだ。 「だからもう少しラフな恰好にした方が良い、って云ったんですよ」 折角の二人っきりの休暇だというのに、孔明の恰好はまるで本部にいる時と殆ど変わらない。羽扇を手にしていないだけマシなのだが。 上下揃いのスーツにネクタイでは、バカンスと云う雰囲気は醸し出せない。 まるでこれじゃあ、出張にきてるみたいじゃないか。 ちぇ、と思いながらもしかし、滅多に見れない『弱っている』孔明を見れたのはラッキーかも、とも思ったりして。 長時間飛行機の内部に押し込められていた所為からの倦怠感、もあるのだろうが、殆どは暑さの所為だろう。 いつもはきりり、とした涼しげな目元がうっすらと潤んで、赤くなっている。 本当に暑さに弱いんだな、と苦笑を洩らしつつ、幻夜はにっこり笑った。 ああ、どうしよう、凄く愉しい。 「さ、行きましょう?休暇はいつまでもある訳じゃないんですから」 どさくさに紛れて手を繋ごう、とすると 「………」 あっさりと跳ね除けられてしまって、少し傷付いた。 しかし当の孔明はそんな事ちっとも気にしないかの様に、突っ立っている幻夜を尻目にすたすた、と先を歩いていってしまう。 「冗談じゃない、こんなに人の多いところでそんなみっともない真似をされて堪るかっ…」 そう小さく独りごちた声が幻夜の耳に敏感に届いた。 照れてるんだ、可愛いなぁと素直に思える自分の脳みその具合を疑った事は無い。 『じゃあ人前でなければ良いんですか?』と問いたくなったが――喉元まで出かかって、慌てて塞き止めた。『そういう問題では無いっ!』と殴られるのは目に見えていたので。 「ほら、行きますよ幻夜。休暇は底無しじゃないんですから」 ちょいちょい、と手招きされ、ちょっとだけしょんぼりして立ち尽くしていた幻夜は、弾かれたように顔を上げて、小走りに孔明に向かった。 今泣いたカラスが何とやら、と云うが、あれは正しくこういう事をさすのだろう。 自分でも現金だなぁとは思うのだが。 構ってもらえるのが嬉しくて。 結局の所突き放しきらない孔明のそのやり方が、嬉しくて。 自分を見つめる孔明の目が、何かを考え込むように落ちつかなく揺れているのが解る。 きっと、また益体も無い事を考えているのだ。 いい加減、体面よりも気持ちを優先させてくれれば良いのに。 孔明は自分のペースを乱される事が大嫌いだから、多分『絆され始めている』事が自身で気に食わなかったり、何故そうなってしまうのか解らない、と困っているのだろう。 にっこり、と笑いかけるとふいと視線を逸らして、幻夜が追いつくのを待たずにどんどん先へと歩いて行ってしまう。 「孔明様っ」 呼び止めれば、振り返って。 目が合う。 真っ直ぐ合わされないその視線。 困った様な、怒った様な光が浮くようになったのはいつからだろう。 「ちなみに入国ゲートはこっちじゃなくて、あっちです」 「…早く云いなさい」 鉄拳が一つ、幻夜に落とされた。 ◇◆◇ 同国・セントーサ島 巨大なマーライオンの立像、というか塔を背景にして、二人は夕暮れの海辺に佇んでいた。 国全体がリゾート地のようなこの国でも、最も『いかにもリゾート地』している小さな島だ。 しかし子供連れならば兎も角大人、しかも男同士では些か時間潰しに困る。 そう広くは無い上に、興味が無ければ見に行く気にすらならないようなアトラクションが多いのだ。 畢竟、本島への帰りの足が船の定期便しかない二人は、後三十分こうして二人で海を眺めている事を、余儀なくされていた。 「…綺麗ですね…」 ぽつり、と孔明は感慨を込めて呟いた。 海は夕日に照りかえって、朱色の輝きを肌に落とす。 睫毛がうっとりとしたように、二、三度瞬かれた。 その言葉に過剰に幻夜が反応する。 んぱっ!とこっちを見るのは『そうだろう?』と云わんばかりの得意顔。 「やっぱり…此処にして良かったです」 暑そうにぱたぱた、と手で仰ぎながら、幻夜が云う。 幻夜自身も暑いところが得意だ、という訳ではなさそうだった。 実際市内を散策したりしている間に、段々と彼もぐったりとし始めていて。 『だったら何故、もっと違ったところにしなかったんです?』 そのみっともない恰好に、思わずそう問えば、邪気の無い笑みが返された。 『だって、孔明様ってば絶対に南の方へはいらっしゃらないじゃないですか』 確かに。 私用では当然の事ながら、任務があった場合でもさり気なく他の者に押し付けたりして、徹底的に暑い地を避けている。 『だから、見せたかったんですよ。南の人々の生き様とか…綺麗すぎる海とか、書類上や映像で知るんじゃなくて、ちゃんと本物を見て、感じて欲しかったんです』 折角の休暇だというのに、自身の事よりも孔明を優先して見せた、彼。 いつだってこの子供はそういう事をやってのける。 こちらが腹立たしくなるくらい、紳士的に。 勝手に部屋に押し掛けて来て自分の世話を焼いてみせたり。 わざと書類を渡さず、執務を中断させて自分を休ませたり。 そういう事をされると、怒りたいのか困りたいのか解らない感情がいつも孔明の中に渦巻いていた。 「綺麗でしょう?」 夕日を背にして、幻夜が破顔した。 長い黒髪が潮風にたなびいていて、青年を少しだけ幼く見せる。 「でも…この世の中には、この自然の何倍も美しい奇跡が存在するんですよ」 そこで彼は言葉を切り、ちょっとだけ肩を竦めた。 それを回答時間と取って、孔明は考え込むが――思いつかない。 何だろう、と考えているとふと俯く額の辺りに視線を感じて顔を上げると。 幻夜が真っ直ぐにこちらを見つめていた。 「っ……」 その真っ直ぐさに、思わずたじろいでしまう程。 浮かんだ微笑みは少し照れ臭そうに、でも視線は絶対逸らさずに自分を見据えている。 「…貴方だ」 「………」 既に『はァ?』と突っ込む事さえ忘れて、孔明は脱力した。 幻夜の方はと云えば、云ったら云ったで、顔面から火を吹くのかと思うくらいに赤くなって、ぱっと横を向いてしまう。 孔明がどんなにダレた顔でいるかも見ないで。 照れるくらいなら、云わなければ良いのに。 「ちょっとキザだったでしょうか?でも私の真実だと思って聞いて…って!孔明様?!」 どっぷりと自分の織り成す世界に浸っていた幻夜を放置する事に決め、孔明はざくざくと砂浜を歩いた。 病気だ。さもなくば物凄い天才だ。 勝手にそう決め付ける。 あの短時間であそこまでふざけきった冗談を思い付くなど、並大抵では出来ない。 「おかしーな、今の一言は感動を呼ぶ筈なのに…」 呼ぶか!と怒鳴りたいのを抑えながら、幻夜の独り言を努力して聞き流す。 よくもまぁ、歯が浮かずに保っていられるものだ。 「…馬鹿馬鹿しい…」 心底から疲れ果てた孔明は、一人深ーく溜息をつく。 「これなら…休暇をやるなど云わなければ…」 どうして体を休める筈が、こんなに疲れてしまうんだろう。 自分が一体、何の罪で。 「孔明様っ」 幻夜が漸く追いついたようだった。 きゅ、と指に絡まる指に気付いて、慌てて振り払う。 しかし、本日二度目ともなれば幻夜も退かない。 尚しつこく後ろからしがみ付いて、くっついていようとする身体を、教科書通りの綺麗な一本背負いで砂浜に落とす。 関節も決めなければ、追打ちを入れなかったのは、親切心というよりは僅かばかりに動揺していたからだ。 しがみ付かれた時、口唇が微かに頬に、触れた。 ■後編に続く■ 此処まででダレた、或いは健康に障害をきたした方は後編を見ない方が得策だと思います。 容赦無く幻孔。これがロボで初めて世間の目に晒したSSでした(最悪)。 ちなみに身内以外に見せていないのですが、本当に一番最初に書いたのは幻孔エ(もっと最悪)。 2003/03/06 re-up |
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