LOVE SO GROOVY 〜S・L MIX〜 後編














「二泊じゃあまり回れなさそうですね。ショッピングも出来るし、観光も出来るし、こんなに色々あるのに」
幻夜がしみじみとガイドブックを見ながら嘯いている。
さすがは『観光用』に創られた、と云っても過言ではない国。
最初にざっと市内の地図を見ただけでも、この休暇だけで周り切れるような代物ではないという事が容易に知れた。
異常に『行くべき』スポットが多いのだ。
機会があればゆっくり――出来るだけ寒い時期に――来てみても良いかも知れない、とその時は思ったのだが。
今の孔明にはそんな事、どうでも良かった。
幻夜の楽しげな不満声をBGMにしながら、電話に噛り付いている今は。
受話器から流れてくる声は無慈悲な回答しか齎さず――泣きたくなる。
どう食い下がっても自分の要求が聞き入れられない事を悟り、孔明は渋々ながら礼を云って、受話器を下ろした。
叩きつけたかったが、相手に咎はない。
罪を負うべきは――
「電話が終わったなら、こっちに来て一緒にガイドブック見ませんか?って…何ですか?その顔」
怒りを込めて見れば、幻夜が行儀悪く部屋のベッドに腰掛けて、満面の笑みでこちらを見ている。
「…何ですか、じゃないっ…」
渋面を隠さず孔明は、押し殺した声を上げた。
ソファの上で固めた拳がぶるぶると震えてしまう。
「どうでした?変更ききました?」
「………」
沈黙は、こういう場合は否定を表す。
「諦めて大人しく此処で、一緒に寝ましょう。ね?」
ぱすぱす、とベッドを叩く幻夜についにぶちん、と切れた。
「却下だっ!馬鹿者っ!」
力一杯投げたクッションはしかしあっさりと避けられてしまって。
幻夜の笑顔が楽しそうに大きくなる、その事にますます腹が立った。
そう、幻夜が座っているベッドは、どう見てもダブルベッド。
面倒くさいから、と云って彼に凡ての手配を任せたのがいけなかった。
ツインとダブルを取り違える、という初歩的なミスを、この男はやらかしたのだった。
夕食を終え、初めて部屋に入ってその事を知った孔明は速攻でフロントに電話を掛けたのだが、返ってきた答えは簡単明瞭。
『空き部屋がありません』だった。
「良いじゃ有りませんか。広いんだし二人でもゆっくり寝られますよ?」
冗談じゃない。
何が楽しくて男と同衾せねばならぬのだ。
これが妙齢の女性とだったらまぁ悪い気はしないのだが。
「何もしませんから、なんて嘘は云いませんけど」
ぴょん、とベッドから弾むように降り、ガイドブックを置いて近付いてくる彼のその言葉にガクッとする。
夕刻、浜辺の時もそうだったが、幻夜のこの手の冗談は本当に疲れる。
「おい」
だから、いつもの如く素早く短い突込みを入れたのだが――。
「や、だって一緒に旅行に来るって事は、OKしたも同然ですよ?」
普段なら笑って打ち切りにするのに、今日の幻夜は少し違った。
いつもよりきわどい処まで話が進む。
冗談も度が過ぎると笑えない。
「勝手な事をっ…!!」
吐き捨てるように云って、この話題を終わりにしようと孔明は立ち上がり、幻夜が放り出したガイドブックを取りに行く。
まだ真新しい――恐らくこの休暇の為に購入されたのだろう――それをぱらぱらとめくっていると、不意に頁に背後から影が差した。
「明日は何処に行くんですか?幻…」
振り返ろうとするよりも先に、肩がぐいと掴まれて無理矢理に振り向かされる。
そのまま腕が強く拘束された。
少し高い位置にある目線に合わせるように、顎が擡げられる。
「っ……」
彼の瞳の色に、遮られた言葉の続きが行方不明になった。
心の奥まで踏み込んでくるような、痛い程の真っ直ぐな――…。
「貴方って結構頭悪いんですね」
「何っ?!」
「何でノコノコ自分から其処に近付いちゃうんですか」
其処、と顎が動いてベッドが指され、未だ先刻の会話が続いている事に気付く。
「そう云うのを『思うツボ』って云うんですよ」
僅かに眉を顰めながら笑う幻夜に、孔明はある可能性に思い至った。
何故、彼がそうしたのかは解らない。
だが――余りにも意図的だ。
「っ…まさか、確信犯じゃないでしょうね、幻夜っ…!」
「あれ?バレました?」
えへっと笑う顔に、真剣に殺意を覚える。
流石は人の心を眺め見てなんぼ、の策士。
伊達に人を『使う』立場にいる訳じゃない。
孔明は一瞬、きらりと歪んだ光を放った幻夜の瞳を見逃さなかったのである。
「きさっ…」
「まぁまぁ」
激昂する寸前にキツク抱き締められて、ひそり、耳元で囁かれる。
ぞくり、と背筋が震えた。
「例えダブルでもツインでも、状況は変わりませんよ?」
いつもの冗談とは、違う声音。
子供じみた姿しか見せなかった幻夜が、強く『男』を匂わせた。
冗談では、嫌がらせでは、無いのか?
いつものあのおふざけでは無いのか?
では――幻夜はひょっとして本気で?
「…二人っきりでいて、何も無いなんて事、本当は信じてた訳じゃないでしょう?」
怒りと混乱とでくらっと眩暈を起こしかける。
どうして男が男と旅行するのに、そんな心配をするか。
「幻…っ」
「少し、黙って下さい」
抗おうとした腕がぐい、と押され、孔明は無様にすとんとベッドに腰を落としてしまう。
柔らかく温かみを帯びている筈の掛布から、何故か冷気が忍び寄ってくる。
どうして?
一体いつから?
何故?
ぐるぐると形にならない疑問が渦を巻いた。
視線が揺れるのを自分で感じる。
この所ずっとそうだったように、幻夜が真っ直ぐ見れない。
ああ、自分は知らず――知っていたのだろうか。
「よ…・せっ…」
「じっとして…」
肩が抑えつけられる。
長い髪に視界が覆われてしまう。
力負けしている訳じゃないのに、この腕が振り解けない。
もう、駄目だ。
陥落しそうになる意識が、最後の抵抗を試みろと叫んだような気が――

「ルームサービスでーす」
気負っていただけに、派手にガクリ、と脱力すると、幻夜が泣きそうな顔で孔明を見た。
しかしこの機会を逃す孔明ではない。
圧し掛かろうとしていた幻夜をていっ、と大外刈りで投げると、溜息のような深呼吸をして動悸を落ちつかせる。
「ルームサービスなんか、頼みましたか?幻夜」
「頼む訳無いでしょおっ!こんな時にっ!!」
千載一遇のチャンスをみすみす潰すような真似、誰がしますかっ!という泣き言を聞き流しながら孔明は足早にドアへと近付いた。
幻夜にとってはどうであれ、孔明にとっては救いの神だ。
努めて平常心を装いながら、精一杯の感謝の気持ちを表情に浮かべて。
「よう!」
「………」
ついうっかりルームスコープから覗くのを忘れて、ぱっと開いてしまったドア。
そこに立っていたのはホテルのボーイではなく、どう考えても此処にいる筈の無い人物達。
彼らの存在を其処に認めて、孔明は『感謝』を忘れて思わずドアを閉めた。
「おいこらっ!!開けろっ!」
ドアの外には、すっかりリゾート仕様になっているBF団十傑集のレッド、ヒィッツカラルド、セルバンテス、怒鬼の四人が、雁首を並べて立っていたのである。

◇◆◇

「孔明、君こんな所でもそんな恰好かい?駄目だよ、遊びに来たなら弾けなきゃ★」
しっかりとソファに陣取り、勝手に冷蔵庫からビールまで取り出して、セルバンテスが説教口調で孔明に述べている。
「貴方だって似たようなものでしょう」
「これは私のトレードマークだからねェ」
服装は変わっていても、彼の場合お馴染みのゴトラを取っていなければ、余り意味が無い。
というか、アロハシャツに被衣では胡散臭さ倍増だ。
弾けているは弾けているのだろうが、本来のスーツ姿よりも忌避されただろうな、と考えた幻夜に『ぼけ面してんじゃねぇ』とクッションが投げ付けられた。
恨みがましい――決してクッション爆弾の所為だけではない――視線を向けると、レッドとヒィッツカラルドが同じくビールを呷りながらげらげら笑っていた。
「…わざわざお出でになって、何かご用ですか…?」
ふふふ…と我ながらじめついた笑いを向ければ
「二人で旅行よりか、大勢の方が愉しいだろうと思って、わざわざ来て上げたんだよ」
胸を張って尊大な態度で偉ぶるヒィッツが明瞭に答えた。
だったら余計な期待をさせずに、どうせ邪魔するなら最初から同行すれば良いのに。
そう文句を零したつもりだったが、どうやら声にはなっていなかったらしい。
十傑集に正面から文句を垂れられる程、幻夜はずぶとくない。
まだ生きていたいのだ。
しかし如何にしてこの場所を知ったものやら。
まぁ尤も蛇の道は蛇――諜報活動はレッドの十八番だ。
恐らく彼が探りあてたのだろう。
この面々を見れば怒鬼以外の誰かが面白がって提案し、そして全員で乗った。
そんなところか。
休暇だからと云って特に遊ぶアテも――普段から遊んでいるのと変わりない面々なのだから――無い彼等にとっては、絶好の暇つぶしになってしまった格好だろう。
「折角だから、二人きりの時間を作ってやったんだって。上手くいったか?」
『先輩』という事も相俟って、普段から何くれと相談し、自分の秘めたる(余り成功していないが)想いを知っているレッドがにやにや笑いながら尋ねてくる。
その意地悪い表情に、ついに我慢が切れた。
「丁度イイ所だったんですよっ!!」
があァッと噛みつかんばかりに文句を云う自分に向けて、レッドとヒィッツは無常にも笑って一言。
「「そんな事だろうと思って、今来たんだよ」」
「アンタら鬼かあァッ!!」
甲高い嘆きの声が夜の静寂を切り裂いた。
「…邪魔をしたようだな…」
と、余り動かない表情を精一杯『申し訳ない』モードにして、怒鬼がビールを呷る孔明を振り返った。
「…とんでもありません。レッド殿の傍若無人ぶりを此処まで感謝したのは初めてなくらい、大歓迎ですとも。怒鬼殿」
晴れ晴れとした孔明の顔に、泣きたくなる。
あれは心底から感謝している顔だ。
ぷう、と膨れっ面になって孔明を見つめるが、もう視線は交される事は無かった。
しょんぼりしながら溜息をついた幻夜に
「さあ!明日は朝も早い事だし!今日はもうさっさと寝ようじゃないか!な!」
慰めるようにか、さっとその場をヒィッツカラルドが纏めた。
「ちょっと待て、なんでお前が仕切る」
レッドが上げた抗議の声は軽く無視され、彼は無言で暗器を構える。
この二人がいるとこれだ。
血の海が広がらない内に、と幻夜が習い性で『そうですねっ!』と太鼓持ちのように賛成して
「…あの、でも寝るって…何処で?」
確か先刻、フロントは孔明に云った筈だ。
空き部屋はない、と。
嫌な予感を憶えて尋ねた幻夜に、四人は微笑んで返した。
「「「「勿論、此処で」」」」


ベッドは孔明と怒鬼が。
レッドは持参の寝袋で床上のラグの上に。
セルバンテスとヒィッツカラルドはそれぞれ長ソファで横になり、最初から予定内に入っていた筈の幻夜は、何故か身体を横たえる事さえ出来ない、テラスのカウチへと追いやられていた。
年中暑いシンガポールならでは、の術である。
「…早く十傑集になりたーい…」
格下だ、という理由だけで選択権を与えられずに、余ったところを押しつけられたこの物悲しさを、如実に表している一言である。
ちなみに幻夜が十傑集に昇格するには、まず現十人の内の誰かを押しのけなくてはいけない、という事は取り敢えず頭の中には無い。
ああ、ウキウキの休暇。
南の国でステップアップする筈だったのに…。
人生ってそんなもんだ、とは悟りきれないのが、幻夜の『青い』所なのだ。

◇◆◇

「お帰りなさい、幻夜兄様。お休みはどうでした?」
土産を手渡されたサニーは、さぞ愉しい旅行話が聞けるものと思っていたようだが、幻夜は力なく項垂れて首を振る。
「…とっても大人数の邪魔が入ってね、全然ゆっくり出来なかったんだ…」
残り一日半あった筈の休みは、六人での市内観光の為に嵐のように過ぎ去った。
残りの飛行機も孔明の作為か、席が離れていたし。
何だか旅行に行く前よりも、距離が広がってしまったような気がする。
「日頃の行いは宜しい方ですのにね」
いっそ哀れむような少女の声だった。
サニーは幻夜の旅行に秘めた『意図』を知っている。
何という事は無い、観光プランを練ったりしてくれたのは、誰をかあらん彼女だったのだ。
しかし、世界征服を策謀する秘密結社に属していて、日頃の行いが良いとは可笑しな話だが。
そう云って笑う元気すら無かった。
「また次の機会がありますわ、きっと」
そう云って慰めてくれる優しい気持ちは嬉しかったが、今後もし機会はあっても、今回ほど上手く事は運ばないだろう。
相手も用心して、二人きりになるのは避けるだろうし。
というか、既に現在避けられているし。
それを『照れてるんだな』なんて思える程、さすがに幻夜も馬鹿ではない。
思わず溜息と共にしょぼくれてしまう。
どうしてこうなってしまうんだろう。
身体なんてややこしいもの、なければ良いのに。
気持ちだけなら、心だけなら通じるかも。
もっと『清く』いられるかもしれないのに。
身体があるから、触れたいし、抱き締めたくなる。
そんな衝動が何よりも邪魔で
平行線みたいな身体が邪魔で
「…ところで、作戦の方は上手くいったんですの?『夕焼けの海岸で、さり気なく頬にチュウv』作戦は」
我ながら珍しく哲学的な思考に嵌まりかけていた幻夜は、不意に尋ねられ、慌てて少女に大きく頷いた。
「あ、それはもうバッチリと。サニーの教えてくれた通りに、さり気なくやれた筈だ。
反応も予想通りだったよ。その後の技に切れが無かったし」
日常茶飯事にちょっかいを掛けて技で返されていれば、いい加減解る。
あの後から確かに孔明は、動揺していた。
あんなに簡単に付け入れる程。
「次はレベルアップを図りましょうね、幻夜兄様。そう…一気にオトせるようなものをv」
お楽しみに★と云ったサニーの顔は、何だか頼もしくて、そしてちょっと怖かった。
良いんだろうか、年頃の少女がそんな事に血道をあげていて。
まぁ本人が気にしていないのなら良いのだが。
こんな事が彼女の父や父代わり――衝撃のアルベルトと混世魔王・樊瑞にバレでもしたら自分はどうなってしまうんだろう。
うふふふふ、と軽やかな笑い声と共に去っていく彼女を見つめながら、幻夜は溜息をつく。
上手く育てば将来、孔明以上の策士になることだろう、と思いながら。
「…次、か…」
サニーの声が『だから落ち込まないで』と励ましてくれていたのは解った。
らしくないですわよ、とハッパを掛けていたのも。
「…そうだなぁ…」
そうだ、次だ。
次があったら今度は、孔明の行きたい所へ付き合おう。
イギリスでもカナダでも、何処でも。
あの人の望む風景で、沈む夕日を見つめながら抱き締めたら。
「…どーしてこんなに好きなんだか」
天使のような、当たり障りの無い僕で、いたくて。
いつも迷ってるんだけど。
「ま、どうしても仕方ないって事も、たまにはあるか」
抱き締めたら、もしかしたら。
「だってこれは…運命、なんだから」
あの荒涼とした地で、初めて逢った時から。
あの人の頬を掠めた口唇に、そっと指を押し当ててみた。
揺れた瞳が思い出される。
――抱き締めたら、もしかして――。
「…覚悟、しておいて下さいよ、孔明様v」
知らず、漏れた笑いに彼の人の『災難』を思って――幻夜は小さく肩を竦めた。













■おわり■






泪がでそうな程に幻孔。これが掲載されていた本のタイトルは「マイラバv」でした。あ痛。
当時は孔明受サークルさんなぞゼロ状態で、物凄く肩身が狭かったのを覚えています。「怖い…けど見たい」とか云われてみたり(涙)ちなみに「マイラバv」のラインナップは草(父)孔、ボス孔、幻孔という如何にも私らしいc/w揃えでした。
どうでも良い拘りですが、レッドが寝袋持参なのは忍者だからです。意味が解りませんね。


2003/03/18 re-up






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