ハチミツ














この人の何処が一番好き?って訊かれたら、「口唇」って答えると思う。
一見酷薄そうに見えて(本質も薄情っちゃ薄情なんだけどね)、時々凄く子供っぽい笑いを零す時とか、今日みたいに私の部屋で二人っきりの時にそぅっと…宝物みたいに私の名前を呼んでくれる時の動きとか、凄く好きだと思うの。
コーヒーを冷ます為に尖らしてる時なんかも、子供っぽく見えて好きなんだけど。
「おい…銀鈴…」
ぼんやりと、コーヒーを飲む健二さんの顔を(正確には口唇を)見てたら、ぶすっとした声が掛けられた。
何だろう、見つめられすぎて穴が開きそうだ、とか云うのかしら。
(だったら気がきいてて面白いんだけど)
「…なあに?」
「何だ、このコーヒー」
マグカップを持って、うげっ、て顔をしてる。イイ男が台無しだよ?健二さん。
それにしても、可愛いクマさんのマグカップって、思った程似合わない訳じゃないのね、ツマンナイ。
今度までに、お部屋に常備しておく『健二さん用』のカップ、変えておかなきゃ。
「何って…?」
徹夜続きで疲れてる恋人の為に淹れてあげたコーヒーが飲めないとでも?
私はテーブルに肘をついて、健二さんの顔を(ある種の脅迫を込めて)見つめた。
「俺がコーヒーはブラックしか飲まない、って知ってるだろう?」
「うん、知ってる」
「じゃ、何でこんなに甘いんだよ」
淹れてもらっておいてその態度って、どうなのよ。
でもそれは口にせずに、私はにっこり、笑って見せた。
「ハチミツをね、入れたの」
棚から、秘密のエッセンスを取ってきてテーブルの上にぶちまける。
最近ずうっとお部屋に常備している、キャンディー。
「じゃん★ハチミツ100%の飴なのv美味しいよ。私最近これにハマってるんだー♪」
「いや…そうじゃなくて」
一つ剥いて口にぽん、と放り込めば、ハチミツの素朴な味が口一杯に広がった。
ディズニーのキャラクターになった気分。
あのクマはハチミツ欲しさに人の家に押し入って、泥棒するけしからんクマだって呉先生が云ってたっけ。
お説御尤もだけど、アニメを見るのにそんな事考えるのって、どうかしら。
「健二さん、疲れてるでしょ?」
ぎゅう、とキャンディーを噛めば、普通のよりも柔らかいそれは簡単に口内で変形する。
純粋な物は、壊れやすくて、脆い。
ものでも何でも、それは同じ。
「ん?ああ…」
「疲れてる時には甘い物を摂取した方が良いのよ?疲れが取れやすくなるんだって」
パリ支部から飛んできたその足で、こっちの作戦に入って、ぶっ通しで3日。
健二さんは殆ど寝てないらしくって目がうさぎちゃんになってしまってる。
久し振りに会ったんだからもっと良い顔見せてよ、って云いたくなったけどさすがにそんな事云えないくらい、憔悴しきってた。
なのに馬鹿みたいに律儀なもんだから、北京に来たら私とデートしなきゃ、なんて考えてるらしくって。
今日だって、私がそれとなく『お部屋でデート』を切り出さなかったらこの人、私を連れてお出かけするつもりだったに違いない。
そんな事されて――そりゃ嬉しいけど――嬉しい訳無いのに。
「健二さんに今一番必要な物だ」
にっこり笑うと、健二さんは一瞬呆気に取られたような顔をした。
あああ、やっぱり駄目だったのかな。
「…でも、どうしても飲めないのなら、淹れ直すけど…」
何事も押し付けるのは良くないから。
そう云うと
「っ…ははっ…」
「わうっ」
くしゃ、と髪を掻き混ぜるみたく、撫でられた。
ち、ちょっと、健二さんに会うからって朝から気合入れてブローしたのにっ!と文句を云おうと思ったんだけど。
「……えへへー…」
健二さんのにっこり笑顔を見たら、すっ飛んでいってしまった。
「有難うな、銀鈴」
そう云った健二さんの口唇が、カップの縁に接吻(くちづ)ける。
苦手な筈の甘いコーヒーを飲み下すたびにこっくん、と動く喉ボトケがちょっと色っぽい。
「…美味しい?」
そんな訳無いのに訊いてみたくなったのは、健二さんが何だか嬉しそうな顔をしてるからだ。
「ああ…いや、美味いって云うか」
そこで健二さんは一つ、悪戯っぽく笑う。
あ、男前の顔だー、なんて思ったのも束の間。
「――『お前の味』って感じで良いな」
「っ!!」
かあぁっ!って一気に顔が赤くなったのが自分でも解った。
「やだっ!健二さんのオヤジ!!エッチ!バカァッ!!」
考え付くだけの罵声を浴びせて、テーブルの上に転がっていたキャンディーをこんこんと投げ付けてやる。
「ばぁか、何深読みしてるんだよ、お前は」
悔しいかな、反射神経が鋭い健二さんには一つも当たらなかったけれど。
「お前もこうやって飲んだり、飴だけで食ってたりするんだろう?」
「う、うん」
ぜいぜいと(若干オーバー気味だけど)肩を上下させていると、健二さんが宥めるみたく『まぁまぁ』なんて云いながら肩をぽんぽんと叩いてくる。
「じゃあ、俺もこういう風に飲んだりしたら――お前と『味』を共有出来るんだな、って意味だよ」
絶対『読み間違い』を招くように云ったに違いない。
だって、そのククク、って忍び笑いったら!
でも、許してあげる。
『離れていても一緒にいたい』って云われたみたいで、ちょっと素敵だったから。
「この飴、何処で売ってるんだ?買って帰るよ、パリに。…お前が恋しくなった時用にな」
「…すっごい殺し文句ね、健二さん。それで今迄何人の女、騙くらかして来たの?」
「……人聞きの悪い事を云うな…」
がくり、と項垂れた健二さんの耳元に、『後で一緒に買いに行こうね』って囁いて、そっと掠め取るみたいにキスをした。
ふんわりと漂う煙草とコーヒーの苦味、それからかすかにハチミツの甘い味。
私も、これからこのキャンディーを食べる時にはきっと、健二さんの事を思い出すだろう。
ハチミツみたいに甘い恋。
おままごとみたいな、淡い恋。
大事なコイゴコロだから純粋であって欲しいけれど。
でも同時に大事だからこそ純粋でない事を祈りたい。
このキャンディーと一緒。
純度が高いものは、壊れやすく脆いから。
大事に大事に守っていきたい気持ちだから、どうか簡単に壊れないように。
脆く儚く、消え去ってしまわないように。
「大好きよ、健二さん」
云って、もう一度テーブル越しに接吻(くちづ)けると、健二さんが顔をくしゃってして笑った。
うん、冗談でも嘘でもなく、胸が痛くなる程。
口唇だけじゃなく、貴方の存在自体がとっても。
――好きだよ、健二さん。













■おわり■






砂吐きたくなるくらいに甘い村銀。銀呉も好きですが村銀も大好きです。
文中のキャンディーは私も相方も溺愛している某メーカーの冬季限定キャンディです。
ちょっと暖かい処に放置するとすぐに溶けてしまうのが難点。


2003/03/22






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