1231→0101 ビッグファイアの場合 |
「今日はまた随分と冷えるな」 ちょっと口を尖らせながらビッグファイアが嘯いた。 白皙の頬が普段よりも白けて見え、少年王の容貌が際立っている。 清らかに。そして美しく。 微笑みながら主を見つめ、孔明は手にしていた万年筆を下口唇に押し当てた。 「年々冷え込みが厳しくなりますね。まぁ、これこそが『冬』の有るべき姿なのでしょうが」 それにここ、ビッグファイアの執務室はいつも外気温より寒い。 この主が特殊な生を全うする為の、苦肉の策。 一年の殆どを眠ったまま過ごす彼の身には、どんな微量な細菌でさえ毒なのだ。 ここなどはまだマシな方で、彼の玉座が据えられている居室は更に2〜3℃低くされている筈だ。 って云ったってなぁ、とぼやきながらだうー、と机に懐いて、ビッグファイアが見上げてくる。 『甘える』時の色を瞳に濃く、刷いて。 「本部をオーストラリアに移設しないか?」 「結構ですが…また、何故」 「12月でも暖かいんだ」 当たり前だ。 盛大に突っ込みそうになって慌てて言葉を飲み込む。 赤道を挟んで反対側にあるのなら、季節が逆になるのは当たり前だ。 12月でも暖かい、どころではない。 彼の地ではサーフィンをするサンタクロースが見られるくらいである。 その代わり8月頃が果てしなく寒いという事をすっかり忘れているのだろう。 尤もそれを云った所で『じゃあ夏と冬で本部を棲み分ける』とか云い出しかねない。 冗談ではない、そんな事をされたら資金がどれほどあっても追いつかないではないか。 だから、敢えて孔明は黙っていた。 黙殺、とも云うが。 「…それはさておき」 「さておくな」 「置いて下さいっ!」 『恐れながら段々話がずれていっております』と云えば、渋々ながらも納得したのか、ビッグファイアは大きな溜息をつくと身動ぎして態勢を直し、目の前に広げられている作戦案件書をトトン、と指で叩いた。 「…じゃあお前は、この作戦には反対だと云うんだな?」 「はい。余りにもリスクが大きく、また得るものは少ないかと」 むうう、と主は考え込む。 大好物を目の前にして、何処から食べようか迷っている子供のようだ。 主に対する形容ではないかもしれないが――何とも可愛らしい。 「結構華々しくて僕は好きなんだがなぁ…。年明け一発目の作戦には相応しくないか?」 無論お前の云う事に反対する訳じゃないんだぞ、と付け加えながらも指がいじましくぐじぐじと案件書を弄っているから、つい孔明も甘い顔をしてしまいたくなる。 「あくまで今のは私の意見でございますから、ボスが是非にとお望みでしたら決行なさっても宜しいと思いますよ」 凡ては貴方のご意志のままに。 他の誰にも見せぬ柔らかな笑みを浮かべてみせると、ビッグファイアがふにゃん、と相好を崩した。 「だからお前が好きだよ、孔明。――でも、良い」 主は手早く、広げられていた案件書をざっと纏めて、机の端っこに追いやってしまう。 「お前が反対するからには、きっと確固たる根拠があるんだろう?それを捻じ曲げてまで僕の我侭を通そうとは思わない」 拗ねた口調では無い事に、孔明は安堵の息をついた。 十傑集一の問題児が持ってきたこの作戦は、孔明の手腕を以ってしても『成功』する確率が格段に低かったのだ。 確かに常に無く派手で、プロパガンダとしてはお誂え向きなのだが。 実働部隊に欠けている『確実性』や『経費摂生心』をどのようにして定着させていけば良いものか。 今年ももう終わりだというのに、と柱に掛けられている時計を見上げれば、後5分で年が変わろうとしていて。 この有様では来年も思い遣られる、と孔明は疲れたように溜息をついた。 「それにしても、お前は僕に甘すぎる」 と、斜向かいに座るビッグファイアが、組んだ手の上に頤を乗っけて、上目遣いに孔明を見つめて云う。 「そうですか?」 「そうだ。もうちょっと意志表示ははっきりしないと…付け込むぞ?」 悪戯っぽく視線を向けられて、孔明は苦笑した。 あざとい表情なのに、ひどく無邪気に見えてしまうのはビッグファイアの人柄故、だろうか。 何とも得な人だ。 そう思いながら。 「申し上げましたでしょう?凡てはビッグファイア様のご意志のまま、ですよ」 「ふうん?じゃあ明日から樊瑞と寝食を共にしろ、と云ったらお前は従うのか?」 「いえ…それは…あちらが嫌がられるでしょう…」 何故そんな極論に。 がくり、と机に突っ伏したくなりながら、鉄壁の精神力でそれを押し留める。 そんな提案をされたら彼の混世魔王はどんな顔をするのか、ちょっと見てみたい様な気もしたが。 「無論、無理難題には同意致しかねますが」 「なんだ、つまらないな。色々ヤラセようと思ったのに」 ビッグファイアはクスクスと声を立てて一頻り笑うと、 「ああ、それで思い出した」 何か思いついたのか不意に声を上げ、ちょい、と人差し指を鉤型に曲げて孔明を招いた。 「孔明、近う。近う寄れ」 にー、っと笑う顔に何となく不吉なものを感じずにはいられなかったが、請われるままに孔明はビッグファイアの傍らに立つ。 と 「ボっ…ボスっ…!」 立ち上がったビッグファイアに予告もなく、いきなりむぎゅうと抱き締められた。 細い腕、子供じみた力なのに、何故か振り解けない。 捕まえられているのは身体だけなのに、心まで、絡め取られていく気分。 主から立ち上る涼やかな薫りに、身体中が蝕まれる。 もう指先一つ、自分の意思では動かせなくて――。 首に両腕を回され、まるでしがみ付くような抱擁を受けていると 「…そろそろ、かな?」 ビッグファイアの言葉と同時に、部屋の柱時計が12時ちょうどを、告げた。 「ビッグファイア様…一体…」 「抱き納めに、抱き初め」 喉元に押しつけられている玉顔をおろおろと見やれば、予測もしなかった理解し難い言葉が掛けられる。 「は?」 「去年最後のお前と、今年最初のお前を独り占めだ」 口唇が動くたびに擽ったくて仕方ない。 漸く意識がビッグファイアの抱擁から乖離したのを良い事に、もぞ、とぎこちなく身動ぎすれば『逃がさない』とばかりにより一層力が込められてしまう。 「こら、離れるな」 「と申されましてもっ!」 孔明とて立派な成人男性。 ビッグファイア如きの体重が支えられぬ訳ではないのだが、如何せん突然過ぎて万全の受け入れ態勢が取れていない。 おまけに抗議の為に上げられた声がより一層の擽ったさを呼び。 ととっ、とニ、三歩まろぶように足を滑らせると、そのままビッグファイアをぶら下げたまま床に座り込んでしまった。 「だらし無いぞ、孔明。僕一人支えきれ無いようでどうする」 「生憎と私は屋内派なものでして。しっかりと支えて欲しかったら、こういう悪戯は十傑集辺りにでもなさって下さい」 冷たく云って、さぁお退き下さいと押しやれば 「イヤだ」 振り解かれまいと、更に腕に力が込められる。 もう抱き締められているのか首を締められているのか解らない状況だ。 「…ボス?」 「お前にスルのが、楽しいんだ」 くくっ、と猫のように目を細めてビッグファイアが笑う。 こういう顔をしだしたら、どんなに止めても止まらないのだから。 全く。 孔明は聞こえよがしに大きな溜息をついて、圧し掛かっているビッグファイアの頭をぽすん、と撫でた。 本来なら決して赦される筈もないし、またする筈もない行為。 けれど、何故か『そうするべき』だと。 『そうされるべき』だと、お互いが――想っていた。 「新年早々全く…今年もこんな風に私を困らせるおつもりですか?」 「お前が勝手に困っているだけだろう」 自分だけが『良い子』のフリをした共犯者に、やれやれと苦笑を零して 「…仕様のない方ですねぇ…」 彼の青灰色の瞳が請うままに、ぎゅー、と抱き締め返す。 毛足の長い絨毯に腰を下ろしたまま、それでもこんなに間近に体温があるから少しも寒くない。 「…………」 耳元で照れたようにビッグファイアが笑ったのが、解った。 「ハッピー・ニューイヤー。今年も宜しくな、孔明」 「はい、ビッグファイア様」 今年も貴方といられる幸いに、感謝しよう。 ■おわり■ ボスはボス故にどれだけ甘えても皆に許されていると良いと思います。 原点に返ってボス孔あったかSS。寒い冬の寒さがより一段と厳しくなったような気もします。アイタ。 2003/01/10 |
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