遊園地は年中無休 |
「アールー♪いるよねっ!」 何の前触れも無しにやって来た男に、アルベルトの優雅な午後はぶち壊された。 デスクワークも終わり、のんびりとイワンの淹れてくれた珈琲を楽しんでいたアルベルトは思わず隠れたくなったが――どうにもこうにも逃げ様がない事を瞬時にして悟り、手にしていたカップをソーサーに戻す。 「…せめてノックくらいするような気遣いは、貴様には無いようだな。セルバンテス」 無いのか?と訊きたい所だが、どうせ尋ねたところで『無いよ?』と返されるのがオチだろう。 「やだなぁ、私とアルベルトの仲じゃないか!そんな水臭い」 水臭くても良い。 常識と平穏が欲しい。 そう口にしたかったのだが、どうせ云っても無駄だ。 溜息をつく事で自分の葛藤を昇華させ、アルベルトはふと男の手に書類があるのに気付く。 「…何だ?私宛の書類か?」 今しがた凡ての仕事が終わったと思ったのに。 書類というのは不思議に、次から次へと湧いて来るのだ。 だが、セルバンテスは『そんなような物かな』と云いながらアルベルトに歩んでくると、にっこりと笑って書類を机の上に置く。 「策士殿から作戦実行書を貰ってきたんだ。私とアルベルトで、2泊3日の楽しい楽しい鎮圧作戦だよ」 さあ!そこにずばんとサインを!と求められ、見やれば成る程、策士の名で作戦許可書が発行されている。 しかし、何故だ。 自分はちっとも許可を願い出た記憶は無い。 訝しんで訊けば、セルバンテスが飄々と嘯いた。 「ああ、私が代わりに申請しておいてあげたよ」 「頼んどらんわっ!!」 「さぁ、ほらお出かけの準備をしなくちゃ!着たきり雀じゃダンディズムが泣いちゃうよ」 訊いてない。 こういう場合、セルバンテスに何か云っても無駄だという事は痛い程知っているのに、何故懲りもせずについ怒鳴ってしまうのだろう。 学習能力が無いのだろうか。 真剣に自分の記憶力について考え始め―― 「…セルバンテス?」 「何だい?」 「お前…確かつい一昨日、別な作戦から戻ったばかりではなかったか?」 土産だなんだとサニーに宛てて大きな包みを受け取ったと思っていたのだが。 あれも自分の記憶力に何か問題があったのだろうか。 「そーだけど?」 だが、手前勝手にソファに座った男は事も無げに肯定した。 『もー、イワンに云いつけて、勝手に荷造りしちゃうよ?』とか何とか云っている相手に『止めろ』と云い置いて、アルベルトは猜疑の視線を送る。 「何故だ」 「?」 「何故、そんなに根を詰める」 普通、どんな小規模な作戦であっても実行人として参加すれば、次の作戦参加までは一週間以上の間を空ける事を、十傑集は義務付けられている。 それは、自分達の扱う特殊能力の所為だ。 まだ『使い過ぎ』てどうにかなった者はいないと聞いているが、万が一作戦中に何かあった場合――例えば急に能力が使えなくなってしまった場合等――を考え、策士が厳しく参入時期を監視し、許可を下ろしていると聞く。 慎重な孔明らしいと思うが、まぁ尤もな危惧だとも思う。 だがセルバンテスは、ただ一人だけ、孔明の作ったその規律に縛られずにいた。 大方『自分が拾ってきた』のを良い事に、目を瞑らせているのだろうが。 セルバンテスが何か答えるか、とも思ったが、石油王は微笑むだけで何も云わない。 「…前から思っていた。最初はただ落ち着きが無いだけかと思っていたのだが…」 「酷!!」 『そんな風に思われてたなんて…ショックだなぁ』とやっと微笑み以外の表情を浮かべる彼を、今度はアルベルトが黙って見つめる番だった。 暫し、沈黙が二人を覆って。 「…そうだねぇ」 クス、と微笑して漸くセルバンテスがゆっくりと口火を切る。 普段の彼とは違った口調。 言葉を選びながら話している、そんな珍しい姿だった。 「例えばここに、自分で自由に出来る一万ドルがあるとするだろう?」 「?」 何故突然金の話になるんだろう、と隠さずに表情に浮かべて見せたが、構わずにセルバンテスは話し続ける。 「それは『どう』使っても『浪費』する事には変わりが無い、と思わないかい?」 「…預金するという手もあるぞ?」 葉巻を咥えてニヤリ、笑えば 「お金は墓まで持っていけないよ、アル」 クスクス、と耳触りの良い笑い声が弾けた。 こういう考え方は、本当に自分とセルバンテスとでは真逆だ。 それだからこそ『盟友』等という関係でいられるのだろうが。 「それに『使う』のが前提だから、それはアウト」 ちちちっ!と指を振って話すセルバンテスは、とても楽しそうに見えた。 彼がこんな風に自分の考えを話す事など、滅多にある事ではない。 普段は韜晦しまくり、他人を専ら篭絡する為だけにその言は使われるのに。 真摯に話そうと思えば話せるのではないか、とアルベルトはしっかりと記憶する。 次に何かあった時、ふざけた事を抜かすようなら目に物を見せてくれる、と誓いながら。 「博打でぱーっと使うのも、困ってる人に貸してあげるのも同じなら…どうせなら愉しんだ方が良くないかい?」 一理ある。 他人に金を貸した所で、相手が困窮していればしているだけ踏み倒される可能性も高い。 ドブに捨てるのも同然なら、楽しんだ者の勝ちだ。 「…成る程な」 『金』に例えられたのは、我が、己の生命。 「そう」 どうせ『こんな事』をしていて長生き出来るとは思わない。 だったらちょっとでも楽しい方が、良いのだと。 「…全く…」 ククッと堪えきれずに笑えば、ばつが悪そうにセルバンテスも肩を竦めて笑う。 無駄な――本当に無駄な心配だった。 そうだ、こういう奴だ。 生き急ぐなんて言葉は当て嵌まらず。 ただ、楽しいから。 楽しみが次から次に彼を待っているから。 それだけの、事。 「お前という奴は…」 漸く笑いの発作から立ち直って、アルベルトは机上の書類にサインをした。 仕方ない男だ。 付き合ってやるか。 何せ――自分達は『盟友』なのだから。 「さ、ほら決めたのなら早く立って立って!」 ぱんぱん!と手を叩きながら急かして、セルバンテスが書類をつい、と取り上げる。 「何せ、出発まで後三十分なんだから」 「なっ…」 アルベルトの頭に、様々な段取りがさーっと流れた。 2泊3日の用意、サニーの世話を樊瑞に頼みに行き、部屋付きの部下に様々な引継ぎをして――とてもではないが三十分でやり遂せる事など出来ようか。 ぱくぱく、と間抜けにも言葉が出ない。 セルバンテスが代わりに段取りを付けてくれるのか、と珍しく他力本願な事が一瞬脳裏を翳めたが。 「私は先に行って、君の分も孔明の判子を貰っとくからねー」 それだけかい。 「貴様ッ!お前がどう生きようと勝手だが、私を巻き込むなーっ!!」 ぶるぶる、と拳を震わせてアルベルトが怒鳴るのと、セルバンテスが『あはは』と笑いながら部屋を出るのとは、ほぼ同時だった。 「解ってるんだよ、アルの云いたい事も」 ふんふーん、と鼻歌混じりに策士執務室に向かいながら、セルバンテスは独りごちる。 あれでアルベルトが自分を――一瞬だけだとしても――心配してくれているのは解っていたけれども。 仕方ない。 これが『自分』なのだから。 困ってる人に金を貸しても『良い事をしたなぁ』で終わってしまうが、博打ならば買っても負けても自分に火が付く。 短くても熱い方が、楽しい方が、良いじゃないか? 「…ま、尤もそれで痛い目に合う事だってあるんだけどねー…」 熱くなりすぎて惨敗する事だってあるけれど。 それさえも自分を次の場所へと引きずり出すエネルギーになる。 困った性分だ。 「あーあ、本当に…自分で云うのもなんだけど…」 クスクス、と肩を揺らし、ゴトラをふわりと捌く。 良い天気だ。 きっと最高の作戦日和になる。 にっこり、瞳を眇めてセルバンテスは言葉を裏切る声で、嘯いた。 「懲りない人生!」 ■おわり■ 純盟友。初書き盟友でした。ふと、父母を交えてしたパチンコ話が発端でした。 アルが「貴族」のくせに「貯金」とか云っててすみません。没落貴族という事で…(もっと失礼だ)。 孔明の私的設定が入っていますね。セルが拾って来たんですよ、えぇ(もう駄目だ…この人…)。 2003/02/17 |
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