Maybe |
「孔明、これに判を頼む」 「はい、では確認させて頂きますね」 相変わらず雑然とした部屋だ。幽鬼は声に出さずにそう呟いて、孔明の机をもう一度見た。 部屋全体はきちんと片付いているのに、机の上がこんなにごちゃごちゃしている所為でそんな印象を受けてしまう。たった今、自分が認可を求めて提出した書類さえ、うっかりすればこの山に飲まれてしまいそうな危険を孕んでいて。 幽鬼は間違い無く相手がその書類を見ているのか、確認するべく少しだけ背伸びをした。 と 「…『混世魔王箱』…?」 孔明のすぐ右に、そんな不可思議な名前が貼られている箱が目に入った。菓子か何かの空箱を使い回ししているような、そんな感じだ。そしてその中をみっしりと埋めているのは菓子ではなく、辞書くらいの厚さになった書類の束で。 「孔明…これは何の箱だ?」 興味が湧いて訊ねてみると、孔明は『ああ』とどうでも良い事のように呟きながら、顔も上げずに云った。 「樊瑞殿行きの書類を入れている箱ですよ。いちいちお持ちしていたのではキリがありませんから、そうやって溜めておいてある程度の量になるまで纏めているんです」 「ある程度の量って…」 どう見たって『ある程度』の量は超えているような気がする。樊瑞の書類処理能力では、ゆうに一週間以上は掛かるだろう。しかもその間にまた孔明の方では書類を溜めているだろうから――永遠のいたちごっこという不毛な状況に陥りかねない。 「さっさと持って行ってやれば良いだろうに。お前、樊瑞の手が遅いとか文句を云うが、こういうのが原因じゃないのか?」 「私も忙しいんですよ、何かとね」 つーん、という形容をそのまま表したかのようなそっぽの向き方に、幽鬼は腐った。 これは新手の樊瑞苛めなのだろうか。 「だったら誰かに頼めば良いだろうに…」 気の毒な樊瑞を思って嘆息し、幽鬼はふと自分が小脇に抱えている書類の中に、樊瑞行きの物が何枚か混ざっている事を思い出す。 「――そうだ、序でがあるから、俺が持っていってやろうか?」 何の気無しに発した申し出だったのに 「えっ…」 孔明の顔が驚きに満ちた。 「な、何だ?その顔は」 余りに激しいリアクションに、逆に幽鬼の方が驚かされてしまう。同時に失礼な、とも思った。 幽鬼とて、序でがあればそれくらいやるのだ。ましてや『我等がリーダー』の為――と云うと聞こえは良いが、単にイケてない中間管理職をフォローする為(延いては自分達の為)、と云うのが正しいところではある――ならば、是非やらせて欲しいくらい。 「別に、嫌なら良いんだが…」 それともやはりこれは樊瑞苛めなのだろうか。折角の機会を潰されたくない、と不貞腐れているのだろうか。穿った考えが頭を擡げる。 しかし確認しようにも相変わらず孔明の精神は鉄壁の防御に覆われていて、『意識』してさえ読む事は出来ない。その驚きの表情の裏に隠された感情は、これっぽっちも伝わってこなかった。 「――いえ…」 僅かな逡巡の後、孔明は幽鬼が提出した書類にぽん、と慣れた手付きで判を押すと、こちらに返しざま少しだけ微笑む。他意の無いような、綺麗な外面の微笑みで。 「じゃあ――折角ですからお願いします」 ◇◆◇ 「樊瑞、これに判を頼む」 「うむ、すまんが内容を確認させてもらうぞ」 相変わらず汚い部屋だ。幽鬼は声に出さずにそう呟いて、樊瑞の部屋をもう一度見渡した。 机の上から書棚から、兎も角ありとあらゆる所が徹底的にごちゃついている。たった今、自分が認可を求めて提出した書類さえ、うっかりすればこの混沌に飲まれてしまいそうな危険を孕んでいて。 幽鬼は間違い無く相手がその書類を見ているのか、確認するべく少しだけ背伸びをした。 と 「そうだ、これを序でに」 自分が此処に来たもう一つの目的を思い出して、手首にぶら下げた袋をどさ、っと樊瑞の椅子下に置いた。そこが一番『空いて』いたのだ。 「何だ?これは…」 「孔明から預かって来た、書類だが」 「――何?」 書類を真剣に睨んでいた顔が上がり、みるみる眉間に皺が寄せられる。 どうやら――怒っているらしい。 「あ奴め…!仮にも十傑集を使い走りにするとは何事だ!けしからん!」 樊瑞は勢い良く立ち上がるとだむっ!と勢い良く机を叩いた。その衝撃を受けてざざざっ、と雪崩が起き、あっという間に山が海になる。だが本人はそんな事にさえ気付いていないのだろう、顔を真っ赤にして尚も怒っていた。当然『仮かよ』と突っ込んだ幽鬼の声も耳に入っていなさそうだ。 「いや…その、な。俺が『持って行ってやろうか?』と訊いたんだが…」 だから100%孔明が悪い訳じゃない――そうフォローするように云ってみたのだが、それはますます樊瑞の怒りに油を注いだだけのようで。 「大体!お主もお主だ、幽鬼!もっと威厳を持って行動せぬか!他人に申しつけられてほいほいと云う事を訊いておったのでは、十傑集の名がすたるわ!」 矛先が自分にまで向けられ、幽鬼は辟易する。何故だ、親切にしてやって何故文句を云われねばならない。 膨れっ面で樊瑞をちらり、と睨んだ。その瞬間 「…あ…?」 雑多な意識が脳裏を駆けて行く。たった今幽鬼が提出した書類の内容、調べ物をしていたのだろう本の内容、会議の議事録、サニー、ビッグファイア、そして――。 「…ははーん…」 ニヤリ、口唇を歪めて苦笑を作り上げると、幽鬼は腰を屈めて樊瑞の傍らに放置した袋を取り上げる。 「解った、これは一度持って帰って、改めて孔明に持って来させよう」 「そうしてくれ!」 まだ怒りの切れ端を抱えている樊瑞に暇を告げ、さっさと退去しようと扉に向かって歩き 「樊瑞」 そして扉に手を掛け、肩越しに部屋の主を振り返ってもう一度笑って見せた。 「?」 「あのな、孔明に持って来て欲しかったのなら、最初からそう云え」 「っ!」 ぱたん、と閉じてしまえば重厚な扉は完全防音となる。なのにその背後から自分を呼ばわる怒声が追って来たような気がして、幽鬼は一人、肩を揺らして笑った。 ◇◆◇ 「という訳で、リテイクを食らったぞ」 再び書類を『混世魔王箱』に戻しながら、詳細は告げずに結果だけを報告する。どんな顔をしながら訊いているものやら、と思いちらりと流し見れば―― 「そうですか…」 孔明はただ幽鬼の手元だけを見ているようで、余り表情が読めない。 「では仕方ありませんから、後で無理矢理時間を作って、私がお持ちしましょう」 そう云いながら彼は漸く顔を上げる。と、その口元に、微かな笑みが彩られていて。 (…何だ…?この『してやったり』って笑いは…) 嘲笑、苦笑、呆れ、喜び、そのどれともつかぬが、凡てが混ぜ合わされたような微笑を目にした瞬間、 「…・っ…」 またもや幽鬼は意識の渦に巻き込まれる。いつもは――否、先刻まで固く閉じられていた孔明の『扉』が大きく開け放たれたのだ。 (…珍しく孔明が『オープン』になってる…?) 常から様々な事を考えているのだろう、去来した思考は樊瑞よりも複雑で、量が多かった。 だが、その一番奥底に、大事に抱えられているものは。 其処から流れ来る感情の色は。 それは――。 「………」 やってられないな、とばかりに溜息をついて、幽鬼はコリコリと頭を掻くとくるりと踵を返した。 「幽鬼殿?」 「いや、もう行く」 一体自分は何だったのだろう、と道化に徹してしまった馬鹿馬鹿しさを払い除けるように肩越しに手を振り、暇を告げる。 「そうですか、申し訳ありませんでしたね、お手間を取らせて」 「いや…」 樊瑞と孔明は仲が悪いと専らの評判だが、その原因は『似過ぎている』事にも拠るのかも知れない。 素直じゃなくて、皮肉屋で、どうでも良い所で純情で。 く、と口唇を目一杯皮肉っぽく歪めると、幽鬼は扉の手前で立ち止まり、そして孔明を振り返る。 「孔明」 「?」 既に新しい書類に没頭していたらしい孔明は顔を上げ、頬に降り掛かる髪を手櫛で除けながらこちらを見た。黒い髪の隙間を縫って、同じく純黒の瞳が訝しむようにこちらを見ている。 「あのな」 「はい?」 「――自分で持って行きたかったのなら、最初からちゃんと、そう云え」 「っ!幽鬼殿っ!!」 ぱたん、と閉じてしまえば重厚な扉は完全防音となる。なのにその背後から大音量の云い訳が追って来たような気がして、幽鬼は一人、肩を揺らして笑ったのだった。 ■おわり■ 4000HITキリリクのキーワードは「樊瑞と幽鬼」であとはお任せというものでした。何故かうっかりどうしようも無く馬鹿ップルな樊孔樊になってしまった事を深くお詫び申し上げます…。あれれ…。 リクエストして下さった空海様に捧げます。有難う御座いました。 2003/08/05 |
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