不器用な生真面目 |
昼前の日差しが気持ち良く部屋に射し込み、混世魔王・樊瑞は湧き上がる欠伸を堪えるのに苦労をしていた。 だが、そんな物をうっかり零せば、目の前の人物にどれ程怒鳴り散らされるか解ったものではない。 自ら好んで窮地に立つ事もあるまい、と理性を総動員しながら彼の人の言葉に耳を傾ける。 目の前に座しているのは一見すると好々爺、しかしてその実態は煮ても焼いても食えない、十傑集元リーダーのカワラザキだった。 樊瑞はこの老人が、兎角苦手だ。 カワラザキと二人きりで向かい合って話すくらいなら、あの鼻持ちならない策士と二人きりになる方を選ぶ、というくらい。 何せ――カワラザキは厳しい。 ただ厳しいだけなら良いのだが、年を経ての頑固さのようなものまであったりするから厄介なのだ。 扱い兼ねる――その表現が一番正しい。 「――しかし、何じゃな。最近の機器は色々と細かい機能がついておるのは良いが、操作が面倒臭くていかんな」 と、カワラザキがてしてしと机の上に広げられた説明書を叩きながら快活に笑った。 確かに――と思いつつ樊瑞もそれらに目を落とす。 「そうですね。我々が使う機能も限られておりますから、いっそ専用にカスタマイズすれば使い勝手も良くなるのでしょうが」 「うむ。しかしそれでは管理等が大変なのじゃろう。今のままじゃといざという時にはメーカー対応が可能じゃが、手前勝手にカスタマイズすると適用外になってしまうからの」 議論の的になっているのは、今度この二人が参入する作戦にて試用される、新たな通信機である。 従来に無い機能があれこれと付いているらしいのだが、全く興味が無い為樊瑞は記憶にすら留める事が出来なかった。 どうせこういった物を使うのは自分達ではなく、下の者達なのだから。 策士の『立て板に水』的な説明を右から左に聞き流して、嫌味ったらしく文句を云われた事だけが脳裏に刻み込まれている。 ところがこの老人は、そういうところは変にきっちりとしていて、『自分達が解らない物を下の者においそれと使わせる訳にいくか』と発奮し、樊瑞は濁流に飲み込まれる木の葉の如くその勢いに巻き込まれて――そして本日の勉強会に至る訳である。 だが、意欲の無い樊瑞と、意欲はあっても寄る年波には敵わないカワラザキの二人では、進捗具合は云うまでも無く捗々しくない。 もう2時間ばかり、小さな通信機と分厚い説明書を前にして、互いの覚えの悪さに苦笑いを交し合っていたのだ。 「昔ならばこんな物の一つや二つ、見ただけで大体の使い方など予測できたものを」 「デジタルショック・エイジの申し子が、何をお気の弱い事を」 慰めではなくそう口にして、樊瑞はにこりと笑みを浮かべる。 カワラザキが青春を謳歌していた時代は、逆算すると丁度時代の転換期にあたる。 旧弊的なシステム等は駆逐され、どんどん新たな物が取り入れられ、試用され、現代の礎となっていった、そんな過渡時代だ。 今は使われなくなった当時の最先端のシステムから、未だに使われていない超最先端のシステムまで、かの時代に生み出されなかった物は現代の世には残っていない――そうとまで云われる程の技術の坩堝。 実際、草間博士等一流の科学者達と対等に渡り合える程、カワラザキはその手の知識に長けているのだ。 そんな男の言葉とも思われぬ。 だが、カワラザキは尚も手を振って、いやいやと云った。 「されど、流石に以前のようにはいかぬよ。忘れておる事も多々あるしの。何せもう――年じゃからな」 ぴくん。 樊瑞の微笑みが凍った。 「…………」 謙遜――だろうか。 カワラザキの頭の中身は、実質年齢ほどふけている訳ではない。 だが、実質問題として彼はかなりの高齢だ。 こういう場合、どう返して良いのか――樊瑞は暫し、躊躇する。 世辞を云って機嫌を損ねても嫌だ。 かといって同意しても気が悪い。 どうすれば一番角が立たずに、綺麗な受け答えになるのだろう。 樊瑞は散々悩み考えた挙句に4つ、己の取るべき道を思いついた。 1.笑って誤魔化す。 2.無視して話を逸らす。 3.そんな事はありませんよと白々しく世辞を云ってみる。 4.そうですね、と同意する。 ケース1.笑って誤魔化した場合。 「何せもう――年じゃからな」 カワラザキが苦笑にも似た笑みを零しながら云ったのに対して、 「いやあ、ははは」 樊瑞は清々しく笑って見せた。 『笑い』は万国共通で場を和ませ、そして如何ようにも取れる返事と化す。 筈なのだが。 「…何が可笑しい」 老人の瞳に、剣呑な光が宿ったのを見て、樊瑞はだらりと汗を流した。 「え…いや…その…」 「お主、ワシを馬鹿にしておるのかっ?!」 「いえ!決してそのようなっ…」 がたん!と年に似合わぬ屈強さで椅子を蹴って立ち上がったカワラザキは、鬼神もかくやという顔つきをしている。 「じっ様、落ち着いて…話せば解りますっ」 「ええい!黙れ黙れ!聞く耳持たんわーっ!!」 一括したカワラザキが念じるまま、ソファが、重厚な樫造りのテーブルが高々と持ち上がり、雪崩をうって樊瑞の上へと落ちて来る――。 「駄目だ」 「…何がじゃ?」 「えっ、いえいえ」 思わず口にしてしまい、カワラザキに怪訝な顔をされてしまう。 それをぶんぶんと両手を振る事で誤魔化しながら、樊瑞は今、自分の行なったシュミレーションの最悪な結果に背筋を震わせた。 いけない。 そもそもカワラザキは真っ直ぐな気質故に、曖昧な態度を非常に嫌う。 笑いに逃げるのは、無しだろう。 ならば…と樊瑞は再び深く、思索の旅に出た。 ケース2.無視して話を逸らした場合。 「何せもう――年じゃからな」 カワラザキが自嘲にもにた笑みを零しながら云ったのに対して、 「ところでじい様。この部分の機能を使うに当たっての人員振り分けですが――」 樊瑞は手元の書類をトントンと指で叩きながら問いを投げかけた。 答え難い事ならば、答えぬに越した事はないのだ。 君子危うきに近寄らず。 「おお、そこか…そこは…ふむ」 案の定、話を逸らされた事に気付かなかったのか、カワラザキは乗ってきた。 ふーむ、と二人して額を突きつけ合い、機能にまつわる人員配置に関して考え込む。 「要はこのスイッチで、本部のメインPCにアクセス。自動的にデータがダウンロード出来るという事じゃな?なれば余り大人数で動く必要もあるまいて」 「いえ、その前にGPS回路の方に一度アクセスを行なわないと正確な位置が本部にて把握出来ないと記載されております。しかしながら、それらはClassA以上の権限が無いと実行不可能。とすると、ClassA以上の保持者をどれだけ引き連れるかによって構成が大きく変わって参りますね」 「同日に別な作戦が進行しておらねば良いが、なぁ」 ふーむ、とカワラザキはふっさりとした髭をちょいと摘まみながら考え込む。 「一番簡単なのは、ClassA保持者が直下の…そうですね、ClassB辺りまでにその都度、一時的なパーミッションを発行すれば、制限付きで操作可能になるかとは思いますが」 「それはそれで手間がかかるの。そういうややこしい事は好かぬわ。何せもう――年じゃからな」 再び樊瑞は固まってしまう。 何故だ。 何故話を逸らしているのに、元の所へと戻ってきてしまっているのだ。 これはワザとなのだろうか。 ここで再び話を逸らしたとて――また同じようにループして。 そして行き着く先は一体何処なのか。 「不毛だ」 「…だから、何がじゃ?」 「えっ、いえいえ」 再び思わず口にしてしまい、カワラザキに再度怪訝な顔をされてしまう。 それをぶんぶん!と頭を振る事で誤魔化しながら、樊瑞は今、自分の行なったシュミレーションの埒も無い結果に深く溜息をついた。 いけない。 そもそもカワラザキ…彼に留まらず、一般の老人は結構『しつこい』。 粘着気質な訳ではないのだろうが、自分の意見や言葉を無視されるのを酷く嫌う傾向が強い。 一旦はさり気なく流してみせても――きっと最後の最後には、その言葉に対しての何らかの意見を求めてくるのだ。 否、もぎ取りに来るのだ。 終わりの無いイタチごっこに陥る可能性は非常に高い。 ならば…と樊瑞は再び深く、思索の海に潜った。 ケース3.世辞を云った場合。 「何せもう――年じゃからな」 カワラザキが肩を竦めつつ笑みを零しながら云ったのに対して、 「何を仰います、じっ様。まだまだお若いではありませんか。その様な事――ありませんよ」 樊瑞は、自分の歯が5メートル程頭上に浮くのを感じながら云った。 別に満更嘘という訳でもないのだが、100%本当とも云い難い。 なので勢い、後ろめたさからか樊瑞の口数は必要以上に多くなる。 「じっ様でしたら、そもそも後詰などに廻られるのすら惜しい。実戦部隊として第一線にいらっしゃっても怪訝しくないでしょうに」 「…そうか」 ふふん、とカワラザキも気を良くしたように笑った。 その表情に樊瑞も力を得、ますます口の滑りが良くなる。 「そうですとも。未だに国警の連中などはじっ様の名を聞くだけで恐れをなし、谷を転がる土塊の如く逃げおおせるではありませんか。さながら阿鼻叫喚の地獄絵図の如くに!」 「…………」 「じっ様でしたら後30年、否、それどころか50年は充分第一線に立つ事も可能でしょう!」 「……樊瑞」 「いや全く、流石は音に聞こえし『激動たるカワラザキ』!その威光は我々BF団員はおろか、遍く世界の民草に今尚――」 「樊瑞」 「は?」 「云い過ぎじゃ。しかも途中から、訳が解らなくなっておるぞ」 長広舌を遮られて、ふとカワラザキを見やれば老人は何故か――ひどく不機嫌そうな顔をしている。 「全く…そこまでお世辞ミエミエに云われても嬉しい事などないわ。逆に馬鹿にされておるようで気に食わん。ワシは帰るぞ」 云いさして、カワラザキはすっくと席を立ってしまう。 何故だ。誉めたのに。何がいけなかったと云うのか。 「上手くいかんな…」 「お主は先程から、何を一人でぶつぶつと云っておるのだ?」 「いいえ!何も!」 三度、思わず口にしてしまい、カワラザキに又もや怪訝な顔をされてしまう。 それをきっぱり!と否定する事で誤魔化しながら、樊瑞は今、自分の行なったシュミレーションの思わしくない結果に 深く嘆息した。 難しい。 そもそも自分が顔色一つ変えずにそんなお為ごかしを云えるかといえばそうではなく――あの一癖も二癖もある策士ならいざ知らず――、白々しさが逆に際立ってしまうだろう。 何もかもが本心だが、100%真実とも云えないからだ。 まして素直とは決して云い難いカワラザキの事、云ったところで額面通りに受けとってくれる可能性はちょっと低い。 ならば…と樊瑞は又もや深く、思索の糸を手繰り始めた。 ケース4.同意した場合。 「何せもう――年じゃからな」 カワラザキが何処か悪戯っぽく笑いながら云ったのに対して、 「そうですね」 樊瑞もにっこりと笑みを返して同意した。 嘘は良くないのだ。 何せカワラザキは現十傑集の中では――否、BF団全体を見ても、最年長者である。 それを殊更に『そんな事は』等と云っては失礼にあたるだろう。 年を経ていても、それが罪悪な訳ではない。 カワラザキは誰と比べても恥じぬ年の取り方をしているし、それは胸を張って良い処だろう。 それらの想いを込めた同意は、真っ直ぐにカワラザキに届いたようだった。 カワラザキもふっくらとした笑みを樊瑞に向ける。 暫し、柔らかい空気が部屋に立ち込めた――。 「これだ!」 「だから、何がじゃっ!」 「あはは、いえいえ」 漸く突破口を見つけた嬉しさに、樊瑞はぐっと拳を握って立ち上がってしまい、不審げな視線の集中砲火に遭う。 それを笑顔で誤魔化しながら、ぽすんとソファに座ってよし!とカワラザキの目に触れない程度にガッツポーズを決めた。 普段は考えが足りないだの2、3歩ずれているだの云いたい放題云われがちな自分だが、今度ばかりはそうもいかんぞ!と訳の解らない闘志を燃やしながら樊瑞は、考えが纏まった安堵に身を委ねつつ、カワラザキとの意見交換を続ける。 件の台詞が出るのを、今や遅しと待ち構えながら。 「――しかし、この『取扱説明書』を読むのにすら知識が要るとは、時代は変わったもんじゃのう」 「これだけの機能になってきますと、噛み砕いた説明をする方が逆に難しいのでしょうね」 むう、と老眼鏡を直しながらちょっとふてくされたように云うカワラザキに、樊瑞も苦笑を返す。 提案者たる策士が解りやすいように手製の説明書を付けてくれていたのだが、それにも限界がある。 「ワシ等のような年代には、この取扱説明書用の『取扱説明書』が必要じゃよ。すぐに『読み方』を忘れてしまいよる」 云って、カワラザキがバツが悪そうに笑う。 「何せ――年じゃからな」 来た!ついに来た。 樊瑞はカワラザキに見られぬようにニヤリ、と笑みを浮かべると、すぐさまにっこりと笑った。 もうこれで『ヘタレ』だの何だのと云われる事も無い。 自分は勝ったのだ。 何に――かは解らないが。 半ば感動に近い感情に打ち震えながら、樊瑞はぐっ!と拳を作って元気良く云った。 「そうですね!」 シュミレーション通りの想いを瞳に込め、樊瑞は目の前の老人を見つめ――る事は出来なかった。 何故なら、どっしりとした樫造りのテーブルが重力に逆らうように持ち上がり、彼の視界を遮っていたから。 「――っ!何とした事じゃ―――ッ!」 断末魔にも似た混世魔王の悲鳴は、BF団中に響き渡ったとか渡らなかったとか。 その頃、一件の発端者でもある策士は、ピーピング・トム(出歯亀)コエンシャクが実況中継してくれている混世魔王の執務室映像を見ながら 「…ヘタレ…」 頬杖を突いて、ぽつりと呟かれたとか呟かれなかったとか。 ただ――それだけの話である。 怒らないでもらいたい。謝るから。 ■おわり■ 結びの二段は京極夏彦氏の「どすこい(仮)」へのオマージュという事で。 纏まりの無い阿呆っぽい話が書きたかったのです。えぇそれだけで…樊瑞ファンの方には深くお詫びを。 2003/02/03 |
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