YOU LIGHT UP MY LIFE














いのちをかけてもいいとおもえるくらいのひとややりたいことにであえるかな?





「あれ?孔明様。この本って何ですか?」
幻夜は孔明の執務机に積まれた本を訝しみながら眺めやった。
この孔明の部屋では本等、腐るくらいある。部屋の主体が本なのか人なのか解らなくなる程だ。
だから、それがただの本なら幻夜も別に気にも止めなかっただろう。
問題は、内容だ。
タイトルと思しき部分は外国語だから良く解らないが、表紙から鑑みるに恐らく児童書、若しくは絵本の類だろう。
一体、何故こんな本が此処に?
「ん?ああ…それはサニーへのお土産ですよ。先日の日本出張の時の」
日当たりの良い窓際のソファにのんびり背もたれて書類を捲りながら、孔明がちらりとこちらを見て返事を寄越す。
「……え…」
しかし、折角貰えた返事はますます幻夜を当惑させた。
一体孔明に何が起こっているのだろう。幻夜は真剣に上司の体調を心配してしまう。
サニー・ザ・マジシャンは衝撃のアルベルトの娘だが、彼女の後見人に孔明と不仲の混世魔王・樊瑞がついている為、全く無意味な不興をかっているのだ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いらしい。その内混世魔王が使ったコップとか、彼が歩いた廊下とかまで憎くなってくるのだろう。
孔明は普段幻夜の事を子供扱いするくせに、しばしばこのような子供っぽい気性を見せた。さすがにそれを指摘した事はないけれど。
その孔明が、サニーに土産?
「…何ですか、その目は。気が向いたんですよ」
余程胡乱な目で見てしまっていたのだろう。孔明がばつが悪そうにむっとしながら云った。
「気が向いた…ですか。そう云えば明後日はサニーの誕生日でしたっけ」
「偶然ですっ!」
「ま、そういう事にしておいてあげても良いですけどね…。明日は大雨かな」
やかましいっ!と投げられた万年筆をひょいと避け、『案外可愛げがあるなぁ』等と嘯きながら幻夜は、何気なくその内の1冊を手に取ってぱらりとめくる。どうせ買ってくるのならサニーに解る言葉で書いてあるものにしてあげれば良いのに。その辺が気が利かないというか何というか。
どうせそう云えば、学習用の教材だのなんだのと、純粋に娯楽として楽しむ為に与えるのではないという理由を十も二十も並べ立てるのだろう。
本当は皆、解っているのに。
クスリとばれないようにこっそり笑いを零しながら内容に目を落とすと、しかしそこに並んでいるのは奇々怪々な外国語ではなく、非常に見慣れた言語――率直に云えば英語、だった。
「あれ?中は英語ですか」
拍子抜けして云いながら本を引っ繰り返すと何の事は無い、背表紙と表紙にはきちんと英語で副タイトルが付いている。うーん、まだまだ注意力が足りないなぁと軽く反省しながらタイトルを黙読した。
『at the night of tempest――嵐の夜に――』
何だかちょっと心沸き立つようなタイトルだ。サスペンスなのだろうか、ホラーなのだろうか(いや、子供向けならばそれは無いだろう)。
矯めつ眇めつしていると、孔明から声が掛かった。
「日本の絵本ですよ。海外向けに英語版が出ていましてね、国内で高い評価を受けているらしく…こちらでも話題になった本なんですが」
聞いた事ありませんか?と問われても幻夜は首を振るしかない。童話だろうが絵本だろうが専門書だろうが、本とは縁が無い生活を送っている。否、縁が無いように生きている。
「へぇ。で、優しい孔明様は話題の本を是非、サニーに読ませてあげようって購入してきた訳ですね?」
「情操教育に良いと聞いたんですよ。彼女もいずれは幹部候補ですからね」
やっぱりね、と案の定云い訳がましい事をぐじぐじ云う孔明に『ふーん?』と意地悪く笑いかければ、『何だ、その顔はっ!』と今度はクッションが投げ付けられた。
「面白そうですね。読ませてもらって良いですか?」
「汚さないで下さいね」
子供かよ!と突っ込みたくなるような注意を受け、幻夜はその内の一冊を手に取ってよっこいしょ、と手近な椅子に掛ける。全部で六冊仕立てらしいそれは、すぐに幻夜の興味を引いた。
本は、純粋に子供向けというような気はしなかった。表紙からして、確かに狼とヤギのデフォルメされたイラストなのだが、色合いも明るげではなくどっちかと云うと暗っぽい色彩で描かれていて、子供が第一印象で手に取る本ではないだろう。
内容はといえばますます子供向けではない。
否、子供向けに簡単な言葉で淡々と綴られてはいるが――狼とヤギとの種族を超えた友情、という事柄に乗せた、とても子供では理解しきれないだろう深さを秘めていた。
本自体が短い話だけあって、幻夜はあっという間に五冊を読み終えてしまう。そして六冊目に手を掛けた時、その表紙折り返し部分に書かれている言葉がふと目に飛び込んできた。
『命をかけても良いと思えるくらいの人や、やりたい事に出会えるかな?』
「……」
幻夜はその言葉を凝視したまま、大きく息をついた。
「…幻夜?」
余程大きな溜息だったのだろう。孔明が不審げにこちらを見遣って小首を傾げている。
「命をかけても良いと思えるくらいの人、かぁ…」
口の中でその言葉を転がす。とても、強い想いだろうそれは、幻夜の胸をふわんと暖めた。
「子供向けって感じのしない、良い本ですね」
これならサニーもきっと喜ぶだろう。何せ、やたらと子供扱いされるのを嫌う年頃だから。
にこ、と孔明に向かって笑いかけ、幻夜は何気なしに問うた。
「孔明様には、います?」
「――…」
返事は返って来ない。けれどそんな事意にも介さず、掛けていた椅子から立ち上がって孔明の方へと近付いていく。
「私には、いますよ」
「お父上でしょう?」
こちらを見もせずに書類に没頭したまま、孔明が『知ってますよ』とでも云わんばかりの声で面倒臭そうに云った。それは確かに当たっている。でも、半分だけ。
幻夜は孔明の邪魔をするようにひょいと腰を曲げ、直接彼の顔を覗き込んで笑った。
「うん、それと」
「?」
「――貴方」
がくり。予想通り孔明の首ががっくりと折れる。いつだってこの人はこういう事を云うと、同じ様な反応しか返さないんだから。たまにはもっと違ったリアクションが欲しいよな、等と考えていると、
「…ただでさえ薄い命を、二人にかける気ですか?」
どれだけ非対称な形に動かせるのか挑戦しているのかもしれない、と思う程片眉を上げ、小馬鹿にした表情を浮かべて見せる彼に、反抗的な目線を送ってやる。
「いけませんか?」
良いじゃないか、私の命なんだから誰にかけたって。自分の想いを誰にも否定する事は出来ない。
「…貴方にだって、いるでしょう?ビッグファイアとか」
云えば、大仰にふー、と長い溜息をついて、孔明は手にしていた書類を膝に置き、『様』をつけなさいと小言を零しながらきり、と少しキツイ眼差しで見上げてくる。
どんな反応が返って来るのだろう、やや楽しむように待っていると、齎されたのは意外な言葉だった。
「いいえ」
否定。それ以外の何物でもない、切り捨てるような言葉。
「?」
孔明はあの主を誰よりも大事に思っている筈なのに、その彼の為に命がかけられないというのだろうか。所詮その程度の価値だったのだろうか、と思っていると
「人は皆、誰も他人の為に生命をかける事などできませんよ、幻夜」
そもそもの所から否定する彼に、むっとした。何で?どうして?だって
「お聞きなさい」
不満がモロに顔に出たのだろう(自分のこういう所は長所だと思っているので、直さないように心掛けている)、諭すような色合いを含ませて孔明は続ける。
「例えビッグファイア様がそれを私に望み、私がそうしたとしても、その最終的な判断は私自身のもの。違いますか?」
つまり、純粋に相手の為ではない、と云いたいのだろう。それは正しいだろうけれど。
「…そりゃ、違いません、けど…詭弁っぽく聞こえます」
「人は皆、誰かの為と云いながら結局は自分の自己満足のためにしか動けないんですよ。だから――誰の為にも生きられないし、誰の為にも死ねない」
云い切られた言葉は幻夜の眉を顰めさせた。
違う。孔明の解釈は間違っている。どう聞いたってそんなのは詭弁だ。確かに望みは自分の為かも知れないけれど、行動のトリガーは相手にあるのに。
相手は迷惑するかもしれない。自己満足なのかもしれない。だけど相手にはそれだけの価値がある、って思えてしまうのだから仕方ない。
自分を突き動かす、強い想い。そう思える気持ちが大事だって、事なんじゃないのか?
理屈で考えるんじゃなく、自分でも止められない、そう想える相手や事柄に出会えるかどうか――。
しかし、何からどう説明すれば孔明に解ってもらえるのか考えあぐねている内に、孔明が続ける。
深い純黒の瞳が常よりも深みを帯びて、物憂げに揺れていた。
「…それに、私がそう望んで欲しい、なんて思っても…あの方はそんな事享受して下さいませんよ」
淋しげな微笑みが、一瞬だけ彼の表情を過る。
求められたいと思っても叶わない、一方通行の想い――それは多分、身を切られるくらいに辛いだろう。自分の場合は何だかんだ云って孔明が甘い顔をしてくれるけれど、ビッグファイアにはそんな事期待する方が間違っている。
自分はもしかして、彼に残酷な事を聞いたのだろうか。
反省の気持ちが頭を擡げたところで、不意に孔明がくるりと肩越しに幻夜に向き直った。
「よしんば、本当に誰かの為に命をかけるような事が出来たところで、私は貴方にそんな生き方は望みませんよ、幻夜」
「…え…?」
切り捨てられているのか、気遣われているのか解らない、二重の意味を込めたような言葉に、真意が欲しくて問い掛ける。
「それってどういう…」
「決して誰かの為ではなく、終始一貫、自分の為だけを考えなさい。そんな生き方を綴ってゆきなさい」
ぽん、と撫でるように、ぶっきらぼうに頭に手が置かれ、気遣われているのだろうという事が解った。たまに孔明はこういう優しさを自分に見せる。テレポートという能力に付随する運命を哀れんでいるのだろうか、それとも純粋に自分の事を思って、云ってくれているのだろうか。
(自分だってそんな事、出来ないくせに…)
言葉程、孔明は割りきって無いに違いない。本当は自分だってビッグファイアの為に生きたり死んだりしたいって思っている筈だ。でなければ先刻程のような台詞は絶対に出てこない。
だけど、心よりも感情よりも、理屈が先立つから、それを自分で認める事が出来ないんだろう。
不器用な、人。
「…うん…でも」
幻夜は悪戯っぽくにこっと笑うと、えいっ!とばかりに後ろから手を回して、孔明にしがみ付いてやった。
「幻っ…」
「私はあなたの為に生きて、死にます。貴方に私の存在凡てを、命をかけます」
「…だからっ!」
人の話を聞けっ!と相手が怒鳴るよりも前にぴた、とその口唇を人差し指で抑え込んでストップを掛けると、出来るだけふざけたり茶化したりしてるように聞こえなければ良いな、と願いながらそっと耳元に言葉を落とす。
「貴方が、自分と同じくらい大切なんですよ、私は」
この場合、父は自分とイクォールだから省くとして。
そう笑うと、相手に絡ませた腕に、つ…と手が掛けられた。振り解きたいのか、しがみ付きたいのか解らない所作で。
「…一時の感情で詰まらない事を云うな」
「……」
ああ、この人は。どうしていつもいつもムキになって否定しようとしているのかと思えば。
信じてないんだ。私を、じゃなくて『それだけの価値が自分にある』って事を。
「一時じゃありませんよ」
その気持ちを弱いとは云わない。誰だって自分の事は一番信じられないから。
だけど、信じて。
貴方が自分自身を信じられなくても。
せめて、私の想いを。
「裏切りません」
大事に囲うように、腕に力を込めると『…嘘吐きめ…』という力無い呟きが落ちた。
「…押しつけがましいとか…聞くまでも無く考えないんですね、貴方は」
「相手の感情ばっかり気にしてたら何も動けなくなるでしょう?そりゃ多少は留意しますけど、ね」
それが『自分の為に生きる』って事なんじゃないですか?と問えば、痛い所を突かれたのか孔明は何も云わなかった。
「それにね、私はズルイから」
「?」
「そうしたら貴方にずっと覚えててもらえるでしょう?私が居なくなっても」
何でもかんでも抱え込んでしまう貴方なら。きっとどんな結末で自分が居なくなっても(それが死でなくても)、きっと忘れずに幻夜の居場所を心の片隅に作っておいてくれる事だろう。
「っ…忘れますよ、貴方の事なんかすぐにっ」
だから生き意地汚く、生きていなさいっ!と云いながらじたばたと急に暴れ出した孔明をえいっ!と抑えつけて
「生きて、一緒にいて欲しいんですか?」
問えば
「アホか!!」
にべも無く返されてしまった。けれどこの人はいつだって言葉で誤魔化したり偽ろうとするから。
騙されませんよ?
どれ程一緒にいるのか考えた事はありますか?
少なくとも私は、貴方に命をかけても良いと思っている程なんですよ?
それくらいでは、もう騙されてあげない。
「孔明様、照れてますね?」
「何っ…」
「耳、真っ赤」
顔は見えないけれど、きっと同じ様に真っ赤になってしまっているのだろう。クスクスと笑いながら指摘してやると、ますます色付きが鮮やかになってしまった。
「――っ!好きに云ってろ!」
「はぁーい」
日当たりの良い窓辺で顔の見えぬ孔明にしがみ付いたまま、幻夜は身体だけでなく心までぬくぬくと温もりながら、先程の絵本に書かれた言葉を思い出す。

いのちをかけてもいいとおもえるくらいのひとや、やりたいことにであるかな?
もしであえたらそれだけでじゅうぶんしあわせだと、ぼくはおもうんだ。

――はい。その通り。出会えた、それだけで十分――しあわせです。













■おわり■






度合いが進みすぎた感の強い偽親子。嵐の夜に、が流行っていた時期に書いた物でした。

2003/05/10






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